おいしい県立 白メシ学園|箸は剣よりも強し!青年よ茶碗を抱け!

芸術学部

炊きたては爆発だ!お米と芸術の関係を探る芸術学部。
アーティストならぬライスィストを目指し、白米芸術の真髄に触れましょう。

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お米にまつわる駄洒落だけで会話を試みる〜言葉のデザインに関する推察〜

1.はじめに:お米とダジャレの相性

お米関連の広告やデザインではダジャレ系のアイデアをたまに目にすることがある。「お米がう米!」という、「お米」と「うまい」をマッシュアップしたスタイルもかなりの数あるのではないか。
ダジャレは高度な言葉遊びであり、いわば言葉のデザイン/アートである。音の類似性を基に、全体の文脈や構造を巧みに操作し、聞き手の印象を良い意味で裏切ってそこに少しの笑いを生み出す。言葉の意味を知らなければその面白みが理解されない、万人が受け入れるユーモアではないが、「洒落」というハイカルチャーに対するカウンターとしての「駄」であって、ダジャレは値打ちのない粗雑なものではないのだ。

2.動機:ダジャレで返事をしてきた米田

お互いの誕生日にはおめでとうの一言くらいは言い合う間柄の、米田という男が研究室の仲間にいる。
先日研究室へ行くと、米田が熱心に白メシの上に何を乗せるかという実験をしていた。その時の研究材料はカレーだったので、私は何気なく「おつカレーライス」と言ったところ、彼はゆっくりとカレーを白メシの上に乗せながら、「おつかれ茶碗」とダジャレで返事をしてきたのだ。「おつかれさま」と「茶碗」をかけ合わせたダジャレのようだが、少し無理がある。ただこの無理があるところがダジャレの微笑ましいところでもあるのだ。
そして私はその時考えた。お米や白メシにまつわる言葉を使ったダジャレだけで、果たして会話が出来るのだろうかと。

3.実証:ダジャレだけで会話が出来るのか

以下に米田と私のメッセージアプリにおける会話を掲示する。会話当日は米田の誕生日であったため、まずはおめでとうのメッセージから会話が始まっている。

お米にまつわる駄洒落だけで会話を試みる〜言葉のデザインに関する推察〜

4.所感:ダジャレだけで会話は出来た。

米田が冒頭で「い稲!」を思い付いたことが悔しく(なぜ先に考えられなかったのか)絶対使わないでおこうと思ったが、後半でうっかり使ってしまったのも悔しい。リンボーダンスをもじって「タンボーダンス」を押してくる米田に苛立ちながらも実験としてはかなり上出来なのではないかと自負している。
お米を使ったダジャレを考えている間中、頭の中はお米や白メシでいっぱいになる。頭はいっぱいだが、腹はいっぱいにはならない。腹持ちのいい白メシを食べて、田んぼの探訪にでも出掛けよう。

(了)

【担当教員より】

米田の方がダジャレは上手。ただ米田はよく稲むりをしているから、研究室に閉じ米ようと思う。
私がいちばんダジャレが下手かもしれない。丼米。

評価:米米駄米米